独立行政法人 労働者健康安全機構広島産業保健
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センター通信

産業保健相談員レター 2026年5月 ~企業経営と飲酒リスク~

2026.05.19

「企業経営と飲酒リスク」

県立広島大学大学院

経営管理研究科

教授 木谷 宏

 

日本人は飲酒に対して寛容と言われる。電車内や公園など公共の場での飲酒が禁止されていない稀有な国であり、コンビニやスーパーなどでいつでも安価に酒類を購入できる。飲酒と私たちの関りは深く、「人間関係の潤滑剤」「手軽なストレス解消法」「一人前の証し」などとポジティブに語られることが多い。またアルコール飲料は巨大ビジネスであり、莫大な広告料や酒税を通じてメディアや財政を支えていることも事実である。一方、欧米を中心に“ソバキュリアン”というライフスタイルが若い人々に広がっている。これは、体質的にアルコールが飲めないのではなく、飲酒歴のある人が飲まないことを前向きにとらえ、健康的な選択肢として進んで禁酒を選ぶことを意味する。

 2024年2月に厚生労働省は「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表した。これは飲酒に伴うリスクに関する知識の普及を図り、一人ひとりの状況(年齢・性別・体質)に応じた適切な飲酒量と飲酒行動を示したものである。中でも、①飲酒量の純アルコール量(グラム)による把握、②飲酒量が少ないほどリスクが小さくなる事実、③飲酒量と疾病発症率との関連、④健康に配慮した具体的な飲酒方法などを明確に示したことは画期的であった。しかし飲酒に対する世論はあまり変化せず、かえって「リスク飲酒」(生活習慣病のリスクを高める純アルコール量:1日当り男性40g・女性20g以上)までは飲んでも良いという誤解も広まった。こうしたガイドラインの存在が意味するように、アルコールが “合法的な(一種の)ドラッグ”であることを忘れてはなるまい。

 飲酒リスクは企業経営に大きな影響を与えている。従業員による脳卒中、高血圧、肝疾患、胃がんなどの発症リスクに加え、アルコール依存症による休退職、飲酒運転による事故、酒席でのハラスメント、体調不良によるアブセンティーズムなどが組織の生産性を著しく低下させていることを看過してはならない。「お酒はほどほどに」といったごまかしではなく、会社や職場における懇親の場から一切のアルコール類を排除した企業も現れている。かつての同質的な男性中心の職場において、飲酒はコミュニケーションの手段として重要な役割を果たした。しかし多様な人々との交流や相談の場面では、アルコールに頼らない素面(しらふ)での真摯な語り合いこそが必要であろう。健康経営の一環として、研修等を通じた全社的な飲酒リスクの啓発が急がれる。