独立行政法人 労働者健康安全機構広島産業保健
総合支援センター


センター通信

産業保健相談員レター 2023年10月 ~職業がんの発生と予防対策について~

2023.10.02

産業保健相談員(産業医学担当) 升味 正光

 私は中国労災病院健康診断センターで産業医学を学んだ後、東広島市の某半導体製造工場で専属産業医をしていました。その時に20~30歳代の男性に発生した精巣がん2人、甲状腺がん2人、胆管がん1人、膀胱がん1人に出会ったことが、職業がんの研究を始めるきっかけになった。その後は職業的に暴露する化学物質による発がん性に関する研究を続けている。IARC(国際がん研究機関)によると、人に発がん性があると分類された化学物質(group 1)は約120種類以上あり、発がんのリスクを高めることが知られている。そのうち、職業がんと認定される有害物質は20数種類リ
ストアップされている。職業がんの発生に関する論文は16世紀より既に報告されている。これらの有害物質は皮膚や目・鼻咽腔の粘膜、その多くは呼吸器(肺)より侵入する経路を辿るが、直接毛細血管より血液内に吸収され、皮膚、腎などの泌尿・生殖器系から排泄される。従って皮膚、鼻咽腔・気管・肺・胸膜などの呼吸器や泌尿・生殖器系のがんが多い。一方、消化器より侵入する経路を辿る有害物質は、腸より吸収され門脈を介して肝臓で解毒・排泄されるため、消化器系のがんが多い。多くのがんは、有害物質が接触、吸収、排泄、蓄積される過程で発生していると考えられる。
 
 がん化は正常な古い細胞が自然に消滅し、新たな細胞が再生する際に転写ミスが発生し、発がん物質等の外的因子によって細胞に障害が生じた時に遺伝子が変異することで発生する。がん細胞の本質については世界の研究者によって科学的に証明されているが、がん細胞が分裂・増殖を続け、がんに至るまでの最終段階は未だ十分に解明されていない。只一生涯のうちがんになると診断される人は、二人に一人が経験するという事実を認めるのであれば、がん細胞は生体内で自然に消滅していると考えるのが妥当である。今、多くのがん研究者はこの細胞に備わっている本来の力を遺伝子レ
ベルで解明しようとしている。
 
 現在産業現場では何十万種類の化学物質を取り扱っている。中でも我が国における職業がん認定に関わりを持っている20 数種類の有害物質に関しては、産業医をはじめとする産業保健スタッフ、衛生管理者、作業主任者は、化学物質の自律的な管理の必要性、取り扱い上の注意、職業がん発生のメカニズム等について作業者にしっかり教え、労働衛生の3管理を実施しながら新たな職業がんの発生と予防対策に取り組んでいかなければならない。